Don't Look Back In Anger

日々徒然の雑記

直感とロジカルシンキングの関係。片方だけでは足りない。

ロジカルシンキングの弱点

どんな課題でも論理的に考えれば正解にたどりつけるという考え方はロジカルシンキングによくある誤解である。複雑なこと、あまり解明されてないことはロジカルシンキングが得意としないことであり、直感に劣ることもある。「直感の7割は正しい」とは将棋の羽生善治名人の言葉。

例えば、スーパーコンピューターによる天気予測は論理の塊だが、人間が直感によりスパコン同様の結論を導くことができたとしても、ロジカルシンキングで同じような結論にたどり着くことは決してできない。人間の計算力や把握力には限界があるからだ。将棋の場合、現時点ではトッププロとコンピューターが互角であり数年後にはコンピューターが上回ると予想されている。将棋においては、一つの局面で80くらいの選択肢があると言われており、数手先でも組み合わせとしては膨大な数となる。普通のひとではまともに計算しようとすると頭の中がパンクしてしまう。膨大な計算を省略し、過去の経験に基づきパターン抽出&認識から直感で正解にたどりつくことができるのが人間の長所でもあり、この能力を利用しないのはもったいないことである。

【レポート】日本認知科学会特別講演 「将棋と認知科学」(1) | マイナビニュース

 

またロジカルシンキングは根拠となるデータや論理展開にあいまいさは許されない。しかし未解明の複雑な事象において正確な観測データを取得するということは簡単なことではない。まだよく解明されいないことにおいて、理論や仮説など様々な意見や見解があることが普通だが、このような場合、論理展開をしていくことは難しい。

ロジカルシンキングの弱点を考えてみた:ロジックを超えたロジックの話 | メタップス社長のブログ

 

将棋の上達方法

将棋の上達方法は三つある。「実戦を重ねる」「プロの将棋を並べる」「詰め将棋を解く」である。

プロの将棋を多く並べることで、正しい感覚を磨いていく。感覚を磨くとは、筋の良い手か悪い手か、考えなくとも一瞬で判断できるようになること、つまりは直感力を鍛えることにある。最終盤を除き、将棋のすべての展開を読み尽くすことはコンピューターでもできない。必ずどこかで読みを打ち切る必要があるのだが、大事なのは読みを打ち切った局面の優劣をただしく判断できることである。これは大局観といわれ感覚的なものであり、大局観が優れているひとほど将棋が強い。

詰め将棋とは正解の存在する計算問題で、感覚的なこともさることながら計算能力が鍛えられる。


「将棋電王トーナメント」をより楽しむために読んでおきたいコンピュータ将棋の魅力&知識、そして注目ソフト (1) 基本的な要素は「大局観」と「読み」の2つ | マイナビニュース

 

直感とロジカルシンキングは相補的な関係

羽生名人も「直感だけに頼ると雑になる」と言っている。つまりは直感だけに頼ると直感自体の精度が落ちていく。直感を鍛えるには、ロジカルに直感を検証し続けることが重要だということである(検証にはロジカルシンキングは向いている。)。素人の直感はぶれやすく、同じ場面でもそのときの精神状態などで別の判断をしてしまうケースが多い。直感はパターン認識とも言えるが、プロの直感は同じ場面で同じ判断ができる、つまりは裏付けとなる何らかの法則なりルールが確立しているということでもある。

また7割は正しいということは直感の3割は間違えということで、二回続けて正解する確率は5割ということでもある。一回でも間違うと終わりということならば正解率7割では心もとない。将棋のプロは1手10秒の練習将棋でも、直感である程度の正解手を選ぶことはできる。しかし正式な試合はタイトル戦などでは二日かけて行われる。一手一手直感をロジックで検証していくことにより正解確率を上げている。

 

ジョブズの有名なスピーチの一節

「好奇心と直感に従って得たものが、後になって貴重な価値あるものになった。」

「先を見て、点を繋げることはできない。
だから将来その点が繋がることを信じなければならない。」

点を繋げるということージョブズ伝説のスピーチ | jo-ji.net

 

この世界はすべてをロジカルに予測できるようなつまらない世界ではない。自分の直感を磨き、磨かれた直感に従えるまでになるべきだ。

 

 合理的な選択ばかりの世界は、狂気に満ちている

この様に困難な選択についてきちんと理解すると、私たちが自分自身について知らなかったことが見えて来ます。私たちにはそれぞれ、大義名分を作りだす能力があります。ちょっと想像してみてください。全ての選択が容易にできる世界を。それはつまり、最善の選択肢が常に存在する世界です。

容易な選択肢のみに満ちた世界とは、私たちを大義名分の奴隷にする世界です。

そのように考えれば、「与えられた大義名分の元でこの趣味に没頭するべきだ」「この家に住むべきだ」「この仕事に従事するべきだ」などと考えるのは、正気の沙汰とは思えません。

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